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デジタル世界の路地裏で

作曲したいけどなかなか着手できない人へ

今回はすこし趣向を変えて、作曲したいけどなぜかなかなか着手できない人たちへ向けて、僕が音楽活動を始めるまでの経緯をお話しします。ぜひ参考にしていただければと思います。僕は今でこそインターネットに10曲ほどオリジナル曲を公開して、知人を通じて作曲を依頼されるなどの音楽活動をしていますが、ニコニコ動画に最初の曲を発表する前までは、ちょっと学生時代に音楽をかじっていた程度の、音楽への夢を諦めきれない社会人でした。

覚悟を決めよう

会社の行き帰りでは常にイヤフォンで音楽を聞いていて、仕事柄、自由な社風だったので、会社にいるときも作業中はほぼイヤフォンで音楽を聞いていて、1日でアルバム4〜5枚は聞いていました。そんな生活を繰り返しながら、また学生の頃のように音楽をやりたい、と思うようになりました。ところが、そう思い始めてから数年が経過しても、僕は1曲も曲を作れませんでした。オトナの財力で機材を買い揃えて、さあやるぞ!、と作り始めたことは何度かあります。しかし、すべて途中で投げ出してしまいました。理由は簡単です。作曲をするには強い意志と集中力とまとまった時間が必要だからです。当たり前ですが社会人は、1日のほとんど会社にいます。帰宅しても、明日のための準備をして寝るだけ。眠いので集中力もないし、まとまった時間も取れません。土日祝日はどうかというと、平日の仕事の疲れのために頭が働かず、作曲するだけの集中力を保てません。または気分転換と称して外出してしまったり…。
そしてある時、買い揃えた高額な機材を見ながら、凄まじい自己嫌悪に陥りました。自分はなんて意志が弱いんだろう、作曲したいという気持ちはこの程度だったのか、と。今の状況を変えなければ、いつまでも作曲できない、と考えました。とは言っても、社会人を辞められるわけがないし、どうすればいいかわからないまま数年が経過しました。
そして、すべての価値観を変える、ある出来事が起こります。2011年の東日本大震災です。僕自身は東京にいたので深刻な被害に遭ったわけではありませんが、あのときの猛烈な揺れと街の混乱、その後数週間の計画停電やエンターテイメント規制、そして何よりも被災地の悲惨な状況をニュース映像で見て、感じて、僕自身いろいろなことを考えました。それは、このまま自分が死んだら何も残せない、生まれてきた意味がない、ということです。普通なら、恋人と結婚して子供を残す、という発想になるのかもしれません。でも僕は、音楽を残したいと思いました。生命の危機に瀕して、自分が生きてきた証を遺そうと、本能的に思いました。そのときようやく自分のなかで覚悟がついて、作曲することが人生の最優先事項だと思えるようになったのです。

生活を変えよう

覚悟を決めてから、僕がまずやったことはベッドを買い替えることでした。1DKのアパートに住んでいましたが、会社から帰るとまずベッドに座ってテレビを見て一息ついていました。テレビを見ているうちに横になってしまい、そのまま寝落ち、というのがいつものパターン。これでは作曲活動をできるわけがありません。今まで使っていたベッドを捨てて、代わりにデスク付きのロフトベッドを買いました。2階建てベッドの1階部分がデスクになっているものでハシゴを登らないと寝れない構造です。そしてそれを、テレビに背を向けるような配置で部屋に置きました。これによって、会社から帰るとまずデスクに向いたチェアーに座ります。そうするとパソコンが目の前にあるので、自然と作曲作業に意識が向きます。さらに、パソコンは常時電源を入れておき、画面をスリープ状態にしていました。ちょっとでもマウスを触ると、画面が点いて、作業途中のアプリケーションが現れます。これはとても良い方法でした。今まで帰ってきて惰性でテレビを見て寝落ちしていたのが嘘のように、帰ってすぐにパソコンで作業をするようになりました。テレビを点けず、晩ごはんを食べるのも忘れ、午前3時くらいまで作業に集中するようになりました。翌朝眠くてつらかったりもしますが、それでも音楽活動ができているという充実感が勝って、毎日がとても楽しくなりました。土日祝日は、外食したり人と会うことは減りました。なるべく人と約束はせず、着替えも身支度もせず、起きてから寝るまでずっと自宅で作業することも増えました。完全に音楽活動が最優先の生活に変わったのです。

消費する側から創る側へ

この頃、自分のなかにクリエイターとしての意識が芽生えてきました。今までの自分は音楽を大量に消費(インプット)し続けて悶々としているだけの存在だった、でも今は少しずつではあるが創り出し(アウトプット)始めているんだ、という感覚。選民意識、あるいは、優越思想と言ってもいいかもしれません。うぬぼれ、ナルシスト、まぁなんでもいいんですが、たとえ勘違いであっても、クリエイターには自分の才能や活動に対するプライドが必要です。それが作品を生み出す原動力です。そのプライドがねじ曲がっていようが、真っ直ぐであろうが、関係ありません。自分を馬鹿にしたあいつらを見返したい、自分を必要としてくれる人たちに認められたい、そういう怨念か渇望か、とにかく強い意志が必要です。もしそういう強い意志がないなら、何かを犠牲にする覚悟もないのでしょうから、クリエイターになるのは無理です。諦めてください。あなたは永遠に消費する側です。そのほうがあなたにとって幸せなはずです。オシャレして友達と食事してSNSに美味しい料理の写真でもアップしてキラキラした生活を送ってください。本当にありがとうございました。
…と、わざと罵ってみましたが、ここまで言われてやる気が出ないなら本当にダメです。自分の内面を見つめ直して、自分がクリエイターになるための確固たる理由を見つけてください。それはあなた自身にしかできないことです。ちなみに僕は、いつか人生を終えるときが来たら、後世の人たちに「あの人はミュージシャンだった」と認識されたい、という歪んだ願望を持っています。職業としては別の仕事をしていても、客観的に僕の人生を振り返って、人生を通じて音楽活動をしていた人だ、と認識されたいのです。だから僕は音楽活動を死ぬまで続けていく確固たる理由があるということです。

終わりに

「眼高手低」という言葉があります。目は肥えていて評価する能力は高いが、手を動かして自分で作る能力は低い、という意味の言葉です。これは、どんな分野でもそうです。長い間消費する側にいた人が、創る側に変わろうとするときに必ず直面する問題です。初めの頃は自分が作った作品に対して、全然満足できず、恥ずかしくて世に出せないと感じるでしょう。それでも創る側に行きたいなら、その未熟な作品を世に出しましょう。批判や悪評を恐れない勇気を持ちましょう。それがクリエイターの第一歩です。レベル1がなければレベル10にもレベル100にもなりません。今レベル1000やレベル10000くらいに感じるクリエイターも、絶対にレベル1の時期があったのです。勇気を持って第一歩を踏み出しましょう。そして挑戦し続けることが、あなたの閉ざされた世界を切り開く唯一の方法です。

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